大判例

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岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)165号 判決 1970年2月19日

原告

高橋小夜子

外一名

代理人

豊田秀男

外一名

被告

篠原茂

代理人

甲元恒也

外一名

主文

一、被告は原告高橋小夜子に対し金一三万六、八六八円四〇銭および原告高橋紹練に対し金四二万九、一〇〇円ならびにこれらに対する昭和四三年一二月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告ら、その余を被告の各負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  (原告)

「一、被告は原告高橋小夜子(以下小夜子という)に対し金一〇〇万二、二四〇円、原告高橋紹練(以下紹練という)に対し金六二万三、五〇〇円、およびこれらに対する昭和四三年一二月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および第一項につき仮執行宣言を求めた。

(二)  (被告)

「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、請求原因

(一)原告は昭和四三年一二月九日午前八時四〇分頃、玉野市築港七三〇五番地市道交差点において、軽四輪自動車(以下被害車という)を運転して南進していたところ、被告は、普通乗用車(以下加害車という)を運転して同交差点に西進進入して被害車に衝突し被害車は衝突の勢で西方に押しやられ道路に駐車中の訴外斉藤某所有の自動車に衝突した(以下本件事故という)。<以下省略>

理由

一原告ら主張の日時、場所、態様において本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、原告小夜子は本件事故により左側頭部頭蓋骨々折兼打撲割創、右下腿皮下挫傷の傷害を受け、事故日より昭和四四年一月三一日まで入院加療をなし、以後通院治療中であるが、現在も頭痛、めまい等の症状が残つていることが認められ、この認定に反する証拠がない。またこの外原告らに物損が生じたことは後記認定のとおりである。

三被告の有責について検討する。<証拠>を総合すると、本件事故現場は交差点で南北に走る道路の巾員八、五米、東西に走る道路の巾員八、一ないし六、九八米で交叉する道路には殆んど巾員の差がないこと、交差点の四方の角はいずれも家屋に妨げられて見通しがきかないこと、被告は時速約二〇キロで左側に駐車中の車があつたので道路の中央からやや右側よりを通り徐行ないし一旦停車することなく交差点に侵入したこと、原告小夜子は交差点にはいる前一旦停車して左右を確認し時速約一五キロで交差点に侵入したが衝突直前まで被告の車に気づいていなかつたこと、加害車の前部が被害車の左前部に衝突し、そのはずみで被害車は西方へ押しやられ訴外斉藤某の自動車に衝突したこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実から考えると、後記のように原告小夜子にも過失が認められるけれども、被告は交差点に侵入するにあたり見通しの悪い、巾員のほぼ同様の交差点である点から徐行ないし一旦停車をなすべき義務があつたのにこれを怠つた点に過失が認められる。それゆえ、被告は本件事故により生じた損害を相当因果関係の範囲内で賠償すべき責任がある、というべきである。

四そこで、損害の発生および額について検討する。本件におけるように、夫婦の一方が直接の被害を受け、他方が間接的に損害を蒙つた場合においては、夫婦間においては相互に協力し扶助するのが通常であるので右間接的損害を受けた者は自己の損害につき相当因果関係にあるとしてその賠償請求をなすことができると解すべきところ、左記認定の原告紹練の損害はいずれも相当因果関係の範囲内にあるものと認めることが相当である。

さらに、訪台とりやめに伴う損害が相当因果関係の範囲にあるか否かにつき考えるに、相当因果関係の判断の要素としての損害の通常性は、時代の推移に伴い変遷を免れないと解すべきであり、現今の海外渡航のための交通機関の発達および海外渡航の大衆化の現象を考慮するとき本件におけるような訪台中止に伴う損害は、通常生じべき損害として相当因果関係の範囲内にあると解することが相当である。

以下各事項別に損害の発生と額を検討する。

(一)  原告小夜子関係  合計九〇万九、八一二円。

(イ)  治療費 四〇万二、九一二円。<証拠略>

(ロ)  入院中の付添費 六、九〇〇円。<証拠略>原告ら主張のその余の額を認めるに足りる証拠がない。

(ハ)  着衣、時計等損料  〇円。原告ら主張の額を認めるに足りる証拠がない。

(ニ)  慰藉料 五〇万円。前記認定のとおりの傷害を受けたこと、および原告ら各本人尋問の結果により認められる右傷害に伴い身体的苦痛、生活上の不都合、父の米寿の祝のための訪台とりやめ等精神的損害を蒙つたことを考慮し、その額を金銭に見積ると少なくとも五〇万円を相当とする。

(二)  原告紹練関係 合計六二万三、五〇〇円。

(イ)  被害車の修理費 四万七、八五〇円。<証拠略>

(ロ)  訴外斉藤某の車の修理費 二万七、八〇〇円。<証拠略>

(ハ)  被害車積載商品の損料 八、八五〇円。<証拠略>

(ニ)  家事手伝人報酬 八万二、〇〇〇円。<証拠略>

(ホ)  臨時雇賃金(昭和四三年一二月九日ないし同四四年二月末日の分)

一二万七、五〇〇円。<証拠略>

(ヘ)  右同(右同日から昭和四四年九月末日までの分)二二万五〇〇〇円。<証拠略>

(ト)  通院費 九、五〇〇円。

<証拠>によると、原告小夜子は退院後歩行バス等による通院が傷害未治中のゆえ困難となりタクシーによる通院を余儀なくされ、また入院中の家族の通院も事の性質上タクシーによらざるをえなかつたので、少なくとも右金額を要したことが認められる。

(チ)  訪台中止に伴う損害 八万円。<証拠>によると、本件事故日直後、同原告の父が台湾にいて米寿の祝いのため家族で訪台する予定で航空切符、土産品等を購入していたが、本件事故により中止せざるをえなくなり、そのために解約その他に要した費用は少なくとも八万円にのぼつたことが認められ、これに反する証拠がない。

(リ)  被害車修理中の車輛賃料 一万五、〇〇〇円。<証拠略>

五過失相殺について検討する。前記第三項認定の事実から考えると、原告小夜子は、交差点に侵入するに先だつて一旦停車をしたものの衝突寸前まで左方から来る加害車に気づかず、加害車の速度が前記認定のとおり時速二〇キロ以上に認定すべき証拠がないのであるから、原告小夜子が加害車に衝突する寸前まで気づかなかつたことについて止むをえない理由が見出せず、結局原告において左方の確認が不十分であつたといわざるをえない。それゆえ同原告と被告との過失の割合は三対七の割合であると認めることが相当である。そして、前記のような夫婦関係の特殊性に伴う損害の帰属の特殊性を考慮するとき原告小夜子の過失は原告紹練に対する賠償額の算定についてもそのまま斟酌することができる、と解すべきである。それゆえ以上の点を考慮し、過失相殺をなすと、原告小夜子に対する関係で金六三万六、八六八円四〇銭、原告紹練に対する関係で金四三万六、四五〇円となる。

六保険控除についてみるに、原告小夜子が自動車賠償責任保険金五〇万円を受領していることは当事者間に争いがないので、右原告小夜子に対する金額からこれを差引くべきである。そうすると、金一三万六、八六八円四〇銭となる。これが、被告の原告小夜子に賠償すべき総額である。

さらに、相殺の抗弁について検討するに、本件事故の発生につき原告小夜子に過失があつたことは前記認定のとおりであり、原告ら本人尋問の結果によると、原告小夜子は原告紹練のパン等の製造販売業にその妻として手伝つていたこと、本件事故当時もパン等の配達の途中であつたことが認められ、これらの事実から考えると、原告紹練と同小夜子とは民法七一五条所定の使用人、被用者の関係にあると解しなければならず、原告紹練は本件事故により被告において生じた損害があれば賠償すべき債務を負うこととなる。<証拠>によれば被告は加害車の修理代金二万四、五〇〇円を支払い、同額の損害を受けたことが認められる。しかし、本件事故に対して、寄与した過失の割合は前記認定のとおりであるので、これを考慮すると、被告の原告ら各自に対して有する損害賠償債権の額は金七、三五〇円となる。本件の場合のように、同一事故により双方に損害が生じかつ双方に過失がある場合には、民法五〇九条の精神にかんがみ、同条の適用がないと解すべきである。被告が原告紹練の被告に対する本件損害賠償債権を受働債権とし被告の同原告に対する右の過失相殺前の損害賠債債権を自働債権として対等額において相殺する旨の意思表示を本件第八回口頭弁論期日(昭和四五年二月九日)になしたことは当裁判所に顕著な事実である。それゆえ、原告紹練の被告に対する右債権は前記過失相殺後の額たる金七、三五〇円の限度で相殺により消滅したというべきである。それゆえ、これを差引いた、金四二万九、一〇〇円が原告紹練の被告に対する最終的な損害賠償債権の額である。

七以上の理由により、原告小夜子は被告に対し金一三万六、八六八円四〇銭、同紹練は金四二万九、一〇〇円およびこれらに対する本件事故日後たる昭和四三年一二月一〇から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。訴訟費用の負担については民事法九二条、九三条を適用し、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とし、仮執行宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(東孝行)

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